身体を清潔に保ち、衛生的な生活を行えることも、快適な住まいの重要な要素です。それを担う浴室は、心身をリラックスさせてくれる場でもあります。一方で日本における家庭内事故死が最も多く発生する場でもあります。
見えないバリア
日本における家庭内事故死のトップは浴室での溺死であり、65歳以上の人が全体の約60%を占めています(2017年データ)注1)。浴槽への転落により溺死する人は少なく、浴槽内で溺死する人がほとんどです。特に冬場、居室と温度差の違う浴室に入ることで脳出血などを引き起こす例が多く、お湯に浸かっている場合には、身体が麻痺し、意図に反して身体が沈み込んでしまう危険があります。この目に見えない温度差というバリアに対し、浴室暖房乾燥機が効果的と言われて久しいでが、1995年のデータでも高齢者による浴室での溺死が最も多く、約20年経っても変化がありません。
注1)参考文献:平成29年 人口動態統計調査「家庭内における主な不慮の事故の種類別にみた年齢別死亡数」厚生労働省
家庭内事故死数は「転倒・転落・墜落」と「不慮の溺死及び溺水」の総数で計算しています。
身体的変化への配慮
大きな事故につながりやすい転倒の防止策も重要です。近年、住宅のバリアフリー化もすすみ、脱衣室から浴室への段差がないところも増えています。ただし、高齢者による家庭内事故では、同一面(平坦な床)でのつまずきによる転倒事故も多い状況です。濡れに対して滑りにくく乾きやすい床材や、ずれにくい床マットなどの導入が望まれます。
足腰が不自由になった場合、浴室の洗い場から浴槽への跨ぎ動作が困難になります。縦手すりがあるとそれを支えにできますが、更に跨ぎ動作が困難になった場合、浴槽の片側にエプロン台を設け、一旦座ることで移乗しやすくする方法もあります。エプロン台のある浴槽なら、車いすを利用している人にも浴槽移乗がしやすくなります。また加齢とともに筋力が低下すると、浴槽内では浮力が生じて身体が不安定になります。そのような場合、手すり付の浴槽は役立ちます。
車いすを利用している人にも浴槽移乗がしやすいよう、エプロン台が設けられた、大阪府堺市にある国際障害者交流センター ビッグ・アイの宿泊室の浴室
リラックス空間としての演出
日本の特別養護老人ホームで暮らす人の多くは車いすを利用されています。その中には身体を自力では動かすことができない人もおられます。そのような人は「機械浴槽」での入浴になります。機械浴槽のそばにはリフトなどもあるので、物々しく感じる人や、認知症の人の中には入浴を怖がる人もいるそうです。
これまで見てきたヨーロッパの老人ホームの中には、機械浴槽であってもリラックスできるよう、キャンドルやアロマが焚かれ、まるで高級ホテルのバスをイメージさせるような演出がなされているところや、入浴を怖がらないよう、浴室内をスヌーズレンルーム注2)にしているところがありました。
身体状況や入浴方法の違いにかかわらず、だれにとっても平等に、快適でリラックスできる浴室が求められます。
注2)光による視覚刺激、音楽による聴覚刺激、振動や水の動きによる触覚刺激などを備えた、トータルリラクゼーション空間であり、心地よい環境を楽しめる。重い障害や病気がある人の余暇活動や、認知症のある人へのケアする場としても利用される。
機械浴槽の物々しさを軽減するため、浴室内をスヌーズレンルームにした、オランダの認知症高齢者住宅
※ 本記事は、2012年8月10日付けの朝日新聞夕刊に寄稿・掲載されたものを、再編集したものです。