人に “ あわせる ” キッチン

デンマークの認知症高齢者施設のダイニングキッチン

人は加齢とともに身体機能が低下し、動きづらくなったり視力が落ちたり認知機能が低下したりなど、それまで経験しなかった不自由が多くなります。住まいではこれらを補う配慮が必要ですが、物理的な使いやすさだけではなく、プライバシーやコミュニケーションなど心理的な視点からの配慮も忘れてはいけません。すなわち、利用する人の気持ちを考え、それぞれの生活行為をスムーズに受け入れる必要があります。

多様な状況に “あわせる”

近年のキッチンは、調理中においても、子どもたちへの見守り・見通しが確保できるような配置として、調理台やレンジを食卓に組み込んだ「アイランド型」や食卓と対面させる「カウンター型」が主流になっています。こうしたタイプは、高齢者や車いす使用者にとっても動きの効率が良く、作業空間がとりやすい利点があります。誰もが使いやすい効率性と安全性を実現するには、人間工学にもとづく配慮が求められます。

安全面からは、火や油を使うコンロまわりの配慮が重要です。設備面だけではなく、流し台とコンロまわりの床面の材質を変えて注意を喚起させるなどの方法も考えられます。また水や油をふき取りやすく滑りにくいものにする配慮も必要です。

目の不自由な人への配慮として、収納部の中身を示す点字や触覚的な記号分けを行うことも考えられます。その他には、片手でも開閉が楽に行える収納棚の設置、スイッチ・ボタンの位置を色のコントラストでわかりやすくすることは、多くの人にとって使いやすいものになります。まだまだ工夫次第でキッチンの使い勝手の改善は図れると思います。

動くキッチン

車いす使用の人にも使いやすいキッチンとして、流し台の下をくぼませたものがあります。立ち仕事が辛い人が椅子に座った状態でも作業ができます。ただ、コンロが使用者から高い位置にあると、鍋の中がのぞきにくく、危険も伴います。そうなると、高さを調整できる機能のある椅子を使うことになります。

研究フィールドのひとつとして、私がよく行くデンマークでは、高齢者や障害者の住宅や施設の多くで「動くキッチン」が一般的に導入されています。キッチン台の手前に設置されているボタンで自由に高さ調節が可能です。車いす使用の人、椅子に座っている人、背の低い人、背の高い人、多様な状況にあわせてくれるキッチンです。

上下可能するキッチンの操作ボタン

デンマークの身体障害者とその家族のための休暇村。そのコテージ内に設置されている可動式キッチン(写真左)。キッチンの作業台手前にある上下方向を示す矢印ボタン(写真右)。ボタンを押すと上下に稼働する。

※ 本記事は、2012年5月11日付けの朝日新聞夕刊に寄稿・掲載されたものを、再編集したものです。

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